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水の国


安曇野〜中野〜上田と縄文ランドでの演奏の旅。

ここでは、何と言うか、とてもスムーズにお腹でエナルギーを感じながら

ネイティブフルートを吹くことができる。

この豊穣な地に共通しているのは美味い水、だから野菜も果物も酒も美味い〜

どんな清涼飲料水よりも一杯の自然の水の方が美味しい・・

と心身で思えることの幸せ。

ここは水の国、菌類や苔類や藻類が豊かだから、豊潤な森が生まれる。



旅の最後は榛名湖へ。

演奏をとおして素晴らしい人々に出会い、また新たな旅が生まれる。



葉山に帰ると、まずは田んぼへ。二ヶ月間の日照りの後にようやく雨が降り出して

穂を出した稲が潤っている。



そして最後の蓮の花が散っていた。



季節は廻る。







・・七月に Rice paper 88 に載せたエッセイ・・



溢れるような言葉の情報がありながら、

その中からリアルな流れを汲み取るのは難しい状況。

もはや現状は・・・バベルの塔が崩れる時に人々の言葉が通じなくなった・・・

という神話のような様相だ。

行き詰まったバビロンは恐怖や怒りやプライドという感情を刺激して、

新たな需要を作り出そうとする。マスメディアが流す情報はもはや、

それに組み込まれてしまったことが、あからさまになってしまった。

でもこれは、そういうネガティブなマインドに左右されない精神への進化の場

なのかもしれない・・・と思うことにしよう・・・


田んぼに田の草取りに行こう。

七月は田んぼが一番美しい季節だ。成長した稲の葉が海原のように風に波打つのを

眺めているのは、ほんとに気持ち良いものだ。

今年は梅雨が遅かったので田植えも遅れ、あの風景にはまだなっていないが、

不耕起無肥料の稲は最初に根を充分に張った後に生長し始めるから、

あと半月もすれば緑輝く海原を眺められるだろう。


ここには経済も情報も無い。でもここでは、ミクロの微生物から植物、昆虫、動物、

そして天気に至るまで響き合い、伝達し合っている。

一万五千年前に大陸から切り離され、バビロンから一番遠いところに生まれた縄文

というビオトープでは、言葉はそのいのちの響き合いと共にあったのだろう。


多次元的なシステムのなかに三次元の箱を作り、

その中を情報と物でいっぱいにしてしまったのが文明の今ということだろう。

人工的に肥料過多の稲が病気になったり虫に食われて自然に分解していくように、

今ぼくたちの文明のなかで、そしてマインドのなかで起きていることは、

きっと、自然にそぐわない過剰なものが朽ちて、必要な本質だけが次の次元の

システムへ回帰していくプロセスなのだろう。










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